「乾しいたけ、こう食す」-小泉武夫(東京農業大学教授)

乾しいたけはまことにもって偉い。歴史も古く、伝統も長く、何世紀にもわたって多くの人々を喜ばせ続けてきた、太陽の申し子である。日本人の考え出した乾物は数々あるが、乾しいたけほど知恵のある保存食品はない。乾燥することにより、生よりも味や香り、そして栄養価まで高くなるというのだから、誠に珍しい乾物ということになる。
名僧の永平道元による『典座教訓』(鎌倉時代)には、道元が貞応二(1223)年、宋に渡った時、当時の高名な僧から、日本の乾しいたけを買い求めたいとの商談があったと記してある。鎌倉初期、乾しいたけはすでに著名な輸出品のひとつであったようだ。

 

乾しいたけは健康自然食品だ。

しいたけにはビタミンD(血液中のカルシウムを一定に保ち、骨の正常な形成に関与する)の前駆体であるエルゴステリンが極めて豊富に含まれている。これに紫外線を照射することによってビタミンDとなる。また、血中コレステロールや血圧を低下させる物質が増加することが見出され、注目されている。
実験によると、しいたけの水抽出中には、シロネズミの血液中のコレステロールを低下させるエリタデニンという物質が存在していることが明らかにされているからだ。また、最近では、抗がん物質の抽出も試みられているなど健康自然食品として熱い眼差しを浴びている。

 

味、香り、うま味、乾しいたけの存在意義。

しかし、しいたけの特徴は何といっても、あの味と香りにある。特有のうま味は 5’-グアニル酸と、グルタミン酸などの遊離アミノ酸とが相乗しあっているためで、古来昆布や鰹節とともにわが国の代表的なダシとして用いられてきた。
ダシをとるのに、もっぱら乾燥品が用いられるのは、乾燥によって味が増すためである。また、乾燥することによって香りも大幅に高くなるが、これは特有の芳香成分であるレンチオニンが乾燥中に酵素反応により高められるためである。乾燥したしいたけには、このようにさまざまな特性がある。
使用時には水戻しを行ってから材料にする。戻し方には諸説あるが、最もおすすめなのは冷水で時間をかける方法だ。冷水で戻すと吸水量が多く、しいたけ特有のうま味成分であるグアニル酸が多く出るからだ。冷蔵庫で5時間以上がベストとの実験結果が報告されている。戻した水は、うま味の損失を防ぐために煮物の汁に使うようにする。
しいたけ料理のコツは弱火に徹することである。味がしいたけの組織中にむらなく浸透することと、せっかくの香りを少しでも高く保たせるためである。
斯様の如く、乾しいたけの威力は万全である。以上、乾しいたけの底力を俺なりに科学的に説いた。これにて味覚人飛行物体の乾しいたけ論、終わり。

 

おあじはいかが「乾しいたけ、こう食す」より